初心者のための富士登山ガイド

 

昔々、富士山の女神と八ヶ岳の男神、どちらも「我こそは日本一の背高のっぽ」を言い張り、合い譲らなかった。
そこで仲裁に入った阿弥陀如来が、双方の頂上に樋をかけて水を流したところ、水は富士山の方向に流れた。
これによって八ヶ岳の標高に軍配が上がったのだが、これに腹を立てた富士山は太い棒で八ヶ岳の頭を叩き割った。
すると八ヶ岳の山頂部は砕けて八つの峰に分かれ、標高も以前より低くなってしまった。

 

これは「富士山と八ヶ岳の背比べ」という民話で、子供の頃に読んだ記憶のある人もいるでしょう。

 

実は本当に八ヶ岳の方が富士山より高かった時代があった・・・というのが、信憑性の高い学説として認められているのです。

 

これは八ヶ岳と富士山の生い立ちまで遡る話なのですが。

 

そもそも八ヶ岳というのはひじょうに古くから火山活動を行ってきた山であり、その歴史は130万年前まで遡ると言われています。
活発な噴火活動を繰り返す中で、その膨大な量の火山灰、火山礫などの堆積物が長い年月をかけて積もり、八ヶ岳の前世とも言える古阿弥陀岳はかつては現在の富士山を思わせる円錐形の成層型火山であったとされています。
この時代の古阿弥陀岳の標高は3,400mと推測されており、現在の2,899mよりおよそ500mも高かったのです。
その後、この古阿弥陀岳は大規模な山体崩壊を伴う噴火によって山頂部分の殆どを失い、ほぼ現在のような山容になったとされています。

 

これに対して富士山の生い立ちというのは比較的若く、遡ること50万年ほど前の先小御岳火山がその原型と言われています。
その後度重なる噴火活動の中で、およそ10万年前に先小御岳火山から小御岳火山を形成。
さらに10〜1万年前にかけて古富士火山を形成し、1万年前の新富士火山になってようやく現在の山体と標高になったとされています。
つまり、富士山は4層の山がデコレーションケーキのように重なりあって出来た山と言えるわけです。
富士山が現在の3,776mの高さを誇るようになってから、まだたかだか1万年あまりしかたっていないことになるわけで、実は富士山というのは比較的若年層の山であったのです。

 

この両山の生い立ちを地質学上の年表に則って比較すると、間違いなく富士山より八ヶ岳の方が高い時代があったと言うのが正論なのです。

 

古富士火山時代の推定標高は2,700m。
この時代であれば、八ヶ岳以外にも富士山の標高を上回っていた山が他にもたくさんあったと思われます。
『盟主富士山』も山仲間の間ではぺーぺーだった時代があった・・・なんて想像するとなんとなく面白いですよね。

 

現在の3,776mという標高よりも高い山もかつては存在していたのではないか、と言われています。

 

例えば、九州の阿蘇山。
世界一を誇るカルデラ火口の規模から推測すると、太古の昔は現在の富士山を上回る4,000m以上の標高があったのではないか・・・という説があるのです。

 

ちなみに公式な記録上でも、富士山が日本一の標高ではなかった時代があります。
それは太平洋戦争当時、台湾が日本の統治下に置かれていた時代のこと。
台湾には玉山という標高3,952mの山があり、この時代の日本の最高峰とされていました。
日本名は「新高山(にいたかやま)」、新しく日本の高い山になったという意味で名付けられたもので、「ニイタカヤマノボレ」という真珠湾攻撃の際の日本軍の暗号に使われたことでも知られています。

 

 

八ヶ岳の噴火は山頂部を吹き飛ばすほど壮絶なものだった